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人生楽しんだもん勝ち♫

キャラ弁・スイーツ・和柄雑貨作り、、、気ままな幸せTime♡

私の離婚した理由。

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春。

出会いと別れの季節ですね。

 

私は昨年17年連れ添った人とお別れしました。
その理由をよく聞かれるんですよね。

 

「なんで別れたん?」
「あんなに仲良かったやん?」
「どうしたん?」

 

所詮夫婦のことは他人には分からないものですが、周りには「突然」に思えたようです。

 

そう。
私たち、仲は良かったのです。
嫌いになった訳ではありません。

 

では何故別れたのか。

それは必要と感じなくなったからです。

 

今までは「いてもいなくてもどっちでもいい人」だったのが、「いない方がいい人」になったのでお別れに至りました。

はい。

 

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(雪柳。花言葉は「懸命」「静かな思い」)

 

母子家庭状態での子育て

旦那さんは仕事が忙しい人でした。
朝は6時に家を出て行き、帰りは深夜。
日付が変わってからもしょっちゅうでした。
もちろん子どもたちは寝ています。
朝も夜も寝ています。
子育ては私ひとりでしてきました。

 

もちろんそれは旦那が仕事して働いてくれるから育てられるのですが「一緒に育てた」という感じは全くありませんでした。


稼ぐ人と育てる人。
完全分離子育てでした。


夜泣きをしても起きるのは私だけ。
「パパは明日もお仕事だから起こしちゃいけない」と夜中一人で車で寝かせるためドライブしたこともありました。

 

保育園の送迎も私だけ。
休みの日があっても、旦那ひとりで送り迎えをするのはイヤがり、私と一緒なら行ってくれましたが、私の代わりに行ってくれることはありませんでした。

 

入学式も運動会も私だけ。
もうこの頃には子どももわかっていました。
パパは忙しい。
パパは来れないんだと。

休みが取れないのではなく取らないのです。
子どもの行事はおもしろいわけでもなく、待ち時間も長く彼にとって苦痛だったのです。

 

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家事もしないできない。

子育てをしない旦那は家事も一切しない人でした。
家のことは妻の仕事。
男は外で働くことが仕事。
そんな考えの人なので料理はもちろん、掃除機をかけたこともなければ、洗濯機のまわし方も知りません。

 

私と結婚するまでは実家暮らしだったので、何もしなくてもお義母さんがやってくれていたこと。
結婚したらそれを妻がやる。
そうそれだけのことだと思っていたようです。

 

しかし私は働いています。
「外で稼ぐのが男の仕事」なんて言うのに旦那のその稼ぎだけでは家族5人暮らすのに厳しいのです。
なら私が働きに出るしかないです。
私も働きに出るのに、子育ても家事も私だけのまんまです。
なんか割に合わない…
そんなことの積み重ねでした。

 

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私の休みは子どもたちに合わせて土曜か日曜に取ります。
これは私が休むための休みではなく、子どもの習い事の試合や大会、発表会などの応援・引率のためです。

 

旦那の休みは平日です。
サービス業で土日は忙しいので平日が休みのことがほとんどでした。
平日は私も仕事ですし、子どもたちも学校です。
旦那はひとりでのんびり過ごせる平日の休日。
しかし彼が家事をやってくれることはありません。


せめて、自分の食べたお昼ご飯の食器くらいは片付けてほしい。
せめて、自分の脱いだ服くらいは洗濯カゴに入れてほしい。

家事を手伝ってほしいのではないのです。
家でゴロゴロしてたのならそれはそれでいいのです。
ただ、せめて私の仕事を増やさないでほしいのです。

 

家の中が散らかると心が散らかるようでなんだか落ち着かない気がするので、朝私が仕事に出る時には最低限の片付けはしてから出ます。

が、仕事を終え家に戻ると散らかった部屋、澱んだ空気。
夜ご飯の準備をしたくても、まず旦那の食べたお昼ご飯の食器の片付けからしなくちゃいけない。
読み散らかされた本、出しっぱなしのゲーム、飲んだまんまのビールの空き缶。
旦那はパジャマのまんまでお昼寝中。

 

普段仕事頑張ってくれているから。
休みの日は休ませてあげなきゃ。
そう思いイライラを落ち着かせるのですが、あまりに同じことを繰り返されるうちに、この人がいると私はしんどいだけなのではないかと少しずつ思い始めてきたのです。

 

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決めては子どもたちへの態度でした。

当然ながら子どもたちは私だけの子どもではありません。
私と旦那の子どもです。

 

私への態度が冷めることは仕方の無いことです。
結婚して16年も経てば結婚記念日を忘れることもあるでしょう。
誕生日を忘れても仕方ないと思えます。

 

しかし、子どもへの愛はまだ冷めちゃダメでしょう。
子どもの誕生日を休めないのは仕方なくても、前日や翌日に言葉は交わせるはずです。
プレゼントがなくても「おめでとう」だけでもいいと思います。

 

クリスマスのプレゼントも私は一緒に悩みながら買いたかったんです。
「なんか買って渡しといて〜」は無いです。
子どもたちが今、何に興味を持ち、どんなものが欲しいか、どれなら喜ぶか、そんなことを考え悩みながら買う、その時間が大切なんです。

 

子どもたちが習い事をどれだけ頑張っているか知っていますか?
長女は向いてないと思いながらも小学校卒業までミニバスを一生懸命やり抜きました。
中学校では大きな大きなテナーサックスを、音も出ない、指も届かない、でも一生懸命練習して引退前のコンクールでは金賞を貰っていました。

 

息子は剣道への思いが途切れそうになったり、続けることの意味を迷いながらも今も頑張っています。
冬には毎年しもやけになり、パンパンに腫れ痛みに耐えながらも練習しています。

 

末っ子は早く走るため鏡の前でフォームの確認をしたり毎日の柔軟体操も欠かさず、目標に向けて自主練もストイックに励んでいます。

 

そんな子どもたちが一生懸命している習い事を自分の収入が減ったからとやめさせたらいいやんと言ったことが私は許せませんでした。

 

旦那は子どもたちがどれだけ頑張っているか知らなすぎました。
応援にも一度も来ないのだから分かるはずもありませんが、父親として子どもたちが好きで頑張っていることを親の都合で「やめさせたらいい」に私は心底ガッカリしました。

 

収入が減ったのなら減らすべき項目は他にあるはずです。
一番に子どもたちの習い事から削るのはありえません。
子どもが頑張っているものは親が寝る間を惜しんで働いてでも続けさせてあげたい。
そう私は思うのですが間違っているのでしょうか?


これが価値観の違いというものなのかもしれません。
私は私の大切に思うものを大切にしてくれない人とは一緒にいられません。

 

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離婚への決めて

それでも子どもたちのために離婚はしない方がいいと思っていました。
私は私が耐えることでうまくいくのであればいくらでも耐えます。

でもある日子どもたちに言われたのです。

 

「お母さん、もうがんばらなくてもいいよ?」
「もう我慢しなくてもいいよ?」

 

ふっと肩の力が抜けました。
そして決断したのです。

 

まとめ

これが良かったのかどうかはわかりません。

でも今、子どもたちは笑っています。

笑顔でやりたいことを続け、さらに目標に向かって取り組んでいます。

 

「いてもいなくてもどっちでもいい人。」

そう言いながらも感謝はしていたし、亭主関白な旦那に仕え、常に旦那を立ててやってきました。

正直、収入が少なくてもいいんです。

その分私が稼ぎます。

家事をしなくてもいいんです。

私が寝る時間減らしてやればいいことです。

浮気してもいいんです。

本気にならないことさせないこと、病気をもらわないこと、孕ませないことが守れたらいいんです。

 

しかし、「いない方がいい人」になってしまったのです。

子どもたちの挑戦を阻む人。

成長の邪魔をする人。

私にとっても、

家事の手間を増やす人。

ストレスの原因になる人。

 

それなら、いなくていいやん。

いなくても困らないやん。

むしろ、いないほうがいいやん!になり今に至ります。

 

我慢してストレス抱えながら私も子どもたちも暮らしていた半年前より、確実に今の方が幸せです。

 

離婚をされたくない人は

「いてもいなくてもいい人」のうちはまだ良いです。

「いなくてもいい人」にならないようにしてくださいね。